なぜ私は画家になったのか
—祈りの絵に導かれて—
私が画家を志したのは、幼い頃に出会った一枚の絵がきっかけでした。
それは、ラファエロの「聖母子像」。
静かに満ちる光と、言葉を超えたやさしさに触れたとき、
幼いながらに、心が洗われるような感覚を覚えました。
それは単なる「美しさ」ではなく、
もっと深いところに届く何かでした。
その時に感じた光は、
言葉にならないまま、今も私の中に残り続けています。
幼い頃、近所に絵を教えてくれるおばあさんがいました。
その方は、絵を描く私をいつも優しく見守ってくれて、
描き終わるとお菓子をくれる、あたたかい存在でした。
ある時、そのおばあさんが母にこう言ったそうです。
「この子は、大きくなったら画家にしなさい」
その言葉は、静かに私の中に根を下ろし、
人生のどこかで芽吹くことを待っていたのかもしれません。
人生の中でさまざまな経験を重ねる中で、
私は何度も「なぜ生きるのか」「なぜ描くのか」を問い続けてきました。
そして次第に気づいたのです。
私にとって絵を描くことは、
ただ美しいものを表現することではなく、
“祈り”そのものなのだということに。
見えないもの。
言葉にならないもの。
光、愛、魂の気配。
そういったものに触れたときの感覚を、
絵としてこの世界に残したい。
そして、
かつて私がそうであったように、
誰かの心にそっと光を灯すことができたなら——
それが、私が絵を描き続ける理由です。
芸術とは、人の心に光を送るものである。
その言葉に深く共鳴しながら、
私は絵を描いています。
現在、私は「祈り」「光」「無条件の愛」をテーマに、
黄金背景を用いたテンペラ古典技法で作品を制作しています。
時間をかけて層を重ねるこの技法は、
目には見えない光を宿すための行為でもあります。
私にとって絵を描くことは、
外に向けた表現であると同時に、
内側へと向かう静かな対話でもあります。
あの日、幼い頃に感じたあの光。
それを、今もなお追い続けながら、
私は絵を描き続けています。
人生そのものが芸術であり、
芸術とは自己の存在の意味を見出す営みである。
Life itself is an art.
Art is a way to discover the meaning of one’s existence.